私はバッタを食べない人だった。しかし、2015年9月に食べた。そこそこ旨かった。

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私がバッタを食べた軌跡に関しては2015年9月に江戸川河川敷で行ったイナゴ採りからの一連の文章を読んで頂きたい。そういうわけで、私はバッタも食べた。
江戸川河川敷のトノサマバッタ

日本では、「イナゴ」はたくさん食べられているが、「バッタ」を食べる人は少ないという評判だ。それは本当だろうか。

イナゴとバッタの違いについては、食べられるイナゴ・バッタ一覧をご参照頂きたい。要するに、イナゴはバッタの中の一種である。

私は、バッタは食べてこなかった。30代後半の今に至るまで、バッタを食べてこなかった。しかし、イナゴ採りに行ってイナゴの少なさに落胆し、バッタを見つけ、採って食った。

私はイナゴを見つけられず、バッタを食べた。バッタはイナゴに似ているから食えるだろうと思い、むしくいノートを参照の上で食えることを確認して食った。

バッタはどこからどう見てもイナゴに似ている。似ているものは食えるのではないかと考えるのは自然な思考だ。そう考えると、イナゴを食っている人がバッタを食わないのはおかしい気がする。

結論から言えば、私の意見としては、たぶん昔の日本人はバッタも食ってきたのだろうと思う。

だって、似ているのだ。食えそうに思える。現代に生きる私でさえそう思うのだ。ならば、食料調達に苦労していた昔の人たちが食べなかったとは思えない。

たぶん、イナゴを食ってバッタを食わないというのは、近代の豊かな農家の時代が作った、ごく最近の文化なのではないだろうか。

きっと、昔の、第二次世界大戦より前の時代の農家の人たちはバッタも食っていたのだろうと思う。そして戦争が終わり、日本が急激に近代化していくにつれて、食料としてのバッタ類へのニーズは減っていき、風習としてのイナゴ採りだけが残ったのではないかと思う。

9月のイナゴ採りで強く感じたが、イナゴは採りやすく、バッタは採りにくい。バッタはすぐに飛んで逃げてしまう。しかも、田んぼが広がっているなら、トノサマバッタよりもコバネイナゴの方が数が多いだろう。となれば、普通に採ってればイナゴが大量に採れるはずだ。

そもそも、近代化して食べ物が豊富に流通するようになり、面倒なイナゴ採りをする人は少なくなっていく。そして、採るにしても、食べ慣れているものを採れるなら、わざわざ食えるかどうかわからない違う種類のものを危険を冒して食ったりしない。バッタを食べた経験のある人は少なくなっていく。そうしてどんどん、バッタを食べる文化がなくなっていったのではないだろうか。

そんなわけで、昔の日本人はイナゴだけではなくバッタも食っていたはずだと、私は思う。まあ、想像に過ぎないが。でもいいではないか、食えるんだもの。

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