イナゴを食べたい。ずっとずっと、長い間そう思っていた。

イナゴを食べたい。私は30代後半のおっさんである。30年ほど前、私が小学生だった頃、イナゴは我が家の食卓によく出ていた。イナゴの佃煮をはじめとして、煎って乾燥させ、すりつぶしたものをふりかけとして食べたりもしていた。イナゴは昔の日本ではたくさん食べられていたのだ。
コバネイナゴ

イナゴを食べたい。イナゴ採りは我が家の秋の風物詩であった。私の実家はさいたま市岩槻区にある。秋になると、そこからクルマに乗り、千葉県との県境である江戸川河川敷の草原に行き、イナゴを採った。

私の父は農家生まれである。土いじりが好きだ。息子である私が将来家を建てる時のために、と言い訳して住宅地の中に土地を買い、そこに畑を作っていた。父は婿養子である。婿に出たところで田畑を失ったわけだ。だから婿に行った先である我が家に畑を持った。

そんな父に連れられ、毎年、秋になると江戸川でイナゴを採った。そういう農家の文化が染み付いた人なのだ。私もそういう風習は嫌いではなかった。イナゴを夢中で採っていた。

当時、江戸川の河川敷にはおびただしい数のイナゴがいた。そこらじゅうをぴょんぴょん跳ねまわっていた。とてつもない数なのだ。いくらでも採れた。たぶん、1シーズンで5000匹は採っていたと思う。

そんな風習も、私が中学生になり、部活をやって忙しくなり、生意気になっていくにつれて、いつの間にかなくなってしまった。イナゴは食卓から消えた。

しかし今、私はイナゴが食べたい。強烈に食べたい。こう思い始めたのはいつからだろうか。少なくともここ5年くらいは、秋になるとイナゴを思い出している。

一度だけ、とある飲み屋でイナゴの佃煮がメニューにあった。私はそれを注文して食べた。旨かった。しかし物足りない。その飲み屋のイナゴは、小皿に6匹しか乗っていなかった。違うのだ。私はイナゴを丼いっぱい食いたいのだ。思う存分イナゴを食べたいのだ。

決めた。今年はイナゴを食べる。

その記録をここに記しておく。


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